転職面接の自己PRで、応募者がもっとも失敗しやすいケースを挙げます。
それは、「お客様や同僚とのコミュニケーションカがあります」と安直にアピールすることです。正確には、アピールするだけで中身がともなっていない場合です。
調剤薬局の薬剤師から、有名ドラッグストアの薬剤師リーダーへの転職を目指したKさんの事例をご紹介しましょう。彼女のそれまでの仕事は、調剤薬局の窓口担当でした。ところが新たな患者さんが減少し続け、将来に不安を感じて有名ドラッグストアの面接に臨まれました。
面接官「ドラッグストアの仕事にご自身のどんな能力が活かせますか?」
Kさん「コミュニケーション能力です。これまでの患者様にはご高齢の方も多数おられましたので、いろんなタイプの方とのコミュニケーションをとり、信頼関係をつくることには自信があります」
・・・なかなか良い出だしです。うまくアピールできました。
面接官「あなたのコミュニケーションの強みはなんですか?」
Kさん「粘り強く話しながら、じっくりと腰を落ちつけてお話をうかがい、徐々に強固な人間関係を築くのが得意です」
面接官「患者さんの動向など、自分でレポートを作成したことはありますか」
Kさん「いえ、薬局本社側が用意していたのでありません」
面接官「では薬局本社側の情報を使って、最近はどんな提案をしてきましたか?」
Kさん「わたしの仕事は、積極的な提案をしてもあまり成果には影響がなく、それよりも患者さんの話を良く聞いて関係をつくることが大事なので、あまり提案することはありませんでした。じっくり時間をかけた関係づくりを重視していました」
結果は不採用でした。理由は、「患者さんと関係を構築してこられた点はとても魅力的だったのですが、ちょっとノンビリされているようで、ウチとはスピード感が合いませんね。少々話が長いのもマイナスでした」
ドラッグストアの薬剤師リーダーともなれば、お薬だけでなく、食品や化粧品などいろんな生活雑貨を戦略的にドンドン売り込んで行かなければいけません。
そういう戦略が、いまのドラッグストアには求められているのです。そうでないと生き残っていけません。時間をかけてお客様ときちんと仲良くなれる能力はとても大切なスキルですが、ドラッグストアの薬剤師リーダーともなれば、それに加えてユーザーのリサーチ力・商品の提案力・販売力がより重要だったのです。もちろん、部下とのコミュニケーション力、指導力も必要です。
■過去の経験だけで自己PRするな
このエピソードからわかることはなんでしょうか。それは、コミュニケーション力という言葉ほど、あいまいでアテにならないものはない、ということです。
Kさんにコミュニケーション能力があることは、間違いないでしょう。薬剤師として気難しい高齢患者さんとの関係を上手く作ってきたのですから、ないはずはありません。ただ、大手ドラッグストアの薬剤師リーダーという職業においては、Kさんのコミュニケーションカでは充分と判断されなかったということです。
つまり、コミュニケーションカという言葉は、ケースや相手によって通用したりしなかったりするもので、絶対的な評価軸にはなりえないということです。「自己PRはコミュニケーションカ」と履歴書に書くことには、あまり意昧はないということです。
さらに言うなら、Kさんが落ちてしまった本当の理由は、調剤薬局とドラッグストアの接客方法が違う、という点ではないのです。
では、本当の理由とは何でしょうか。同じ状況で、採用されるためには面接の展開をどう変えていくか、シミュレーションしてみましょう。
面接官「あなたのコミュニケーションの強みはなんですか」
Kさん「いままでは患者さんとじっくり会話をしながら信頼を得ていくことを得意としていました。ただドラッグストアの薬剤師リーダーとしてやっていくには、これまでと異なり短時間でキレの良い商品提案をしなければならないと思います。」
面接官「具体的にお話しください」
Kさん「はい。私は薬剤師であり同時にこれからは販売員リーダーとして、最新情報を自分なりに分析し積極的な提案ができるような仕事に取り組みたいと思っております」
どうでしょうか。こうやって対話をしながら、「最新情報の提案」という今の職場では満たされていないキーワード(不満)を引き出し、それをこれから実現したいこと(未来)に転換すれば、転職ストーリーにほころびはありません。
この場合、Kさんは自己PRと志望理由を一度に伝えることができました。
実際の面接でKさんが落ちてしまったのは、自分の現在の経験が「足りない」ことに気がつかず、過去の経験だけで自己PRをしようとしたからです。
それによって、主体性がなく変化に対応する能力もないと判断されてしまった。それが本当の不採用理由です。
■面接での想定問答は不可能
ただ、Kさんが履歴書の自己PRに「コミュニケーション能力」と記載したのは、無理もない側面があります。
なぜなら最近は、ほとんどの求人票に「コミュニケーション能力のある方」という要件が載っているからです。クセモノなのは、そう載っていたからといって、「コミュニケーション能力に自信がある」と応募者が書いても説得力がないどころか、ウソっぽく感じられてしまうことです。
実際の転職再就職の面接では、対話の流れでコミュニケーション能力は判断されます。想定問答は止めたほうがいいと、うるさく言うのは、まさにここにあります。
現実の対話の流れが、想定問答どおりに進むことなどまずありえないからです。
面接官のあらゆる質問を想定し、それに対するあらゆる回答を想定しておけば良いのでしょうか。そうすると、その回答一つひとつに、またあらゆる質問を想定しなければなりません。
想定問答の枝は無限に細分化していって、すべての質問に本気で模範解答を作って覚えようとしていたらその人は一生、家から出られなくなってしまうでしょう。面接に対する不安も増すばかりです。
頭に叩き込んでおくべきなのは、細かい想定問答ではなく、骨太の転職ストーリーなのです。転職や再就職の面接の場に臨んだら、クリアな頭で面接官の質問を誠実に聞き、ウソをつかずにぶれない回答をすることが大切なのです。
こうした対応をすることが、もっとも「コミュニケーション能力がある」と言えるのではないでしょうか。
なぜなら、実際の仕事の現場では、こちらの職業も多種多様なら、お客様となる相手も多種多様です。正解となる想定問答などないのです。
たとえば、同じ医療関係の仕事にかかわっていても、大病院の仕事・製薬会社の仕事・町の小さな開業医院・ドラッグストアのチェーン店では、対話の内容やそこで必要とされるコミュニケーションのとり方もかなり異なってくるからです。
過去の経験だけでなく、今の自分に不足しているものを理解した上で、「こうなりたい・こうしたい」という未来を語ることが大切です。